三十男のピロートーク

パチスロ必勝ガイドのブログ「スロガイフラグ」で2005年から連載された木村魚拓のコラム。(当時)三十男がつぶやくピロートークには、甘さの中に苦味を隠した大人の男の在り様が綴られているが、ベッドで語り合うものとはまるで違う。

※毎週月曜アップ予定!!

表示件数:

1件表示 10件表示

表示順:

新しい順 古い順

その20

2020/06/22

 深夜、渋谷でタクシーに乗り込み、シートにぐったりと背を預けたまま大きく息を吐くと、白髪の運転者が静かに口を開いた。


「お仕事の帰りですか」


 返事を待たずに運転手が続ける。


「ワタシはね、この仕事を初めて…もう30数年になりますか。長いこと渋谷界隈を転がしてますが、この街は変わらないですね」


 街並みは変わったでしょう。


「街並みは変わりましたね。ええ、変わりました。お客さんの言う通りです。ただね、ほらワタシ30年以上転がしてるでしょ。この街で深夜にタクシーを拾う若い人は、昔も今も変わらないんですよ」


 というと? あっ、すいません、タバコ吸っていいですか。


「どうぞどうぞ。寒いでしょうから、窓開けるのは少しでいいですよ、少しで。昔からね、元気な子っていうのは終電でパッと帰っちゃう。不思議なもんですね。この時間にタクシーに乗る子は、大体どこか疲れてるっていうかな、小さい背中に色んなものを背負ってる子なんです。この間も若い…そうだなぁ、年の頃は二十歳やそこらですか、風俗の仕事を終えた茶髪の女の子が乗りましてね。そうそうお客さん、ほらワタシ30年以上転がしてるでしょ、風俗やってる女の子は匂いで分かりますね」


 ミラー越しにうなずいて見せた。


「その茶髪の女の子がね、どうも辛そうな顔してたんで、『どうしたんだい』って声を掛けてみたんです。そうしたらね、ポツポツと語り始めましたよ。『近頃、指名が少なくて稼げない。でも指名が増えたら増えたで乳首が黒くなっちゃいそうで恐い。おじさん、アタシはどうしたらいいんだ』ってね」


 ちょっと笑った。


「笑っちゃいますでしょ。でもねお客さん、その子にしたら笑い事じゃないんですよ。だから、うんうんって話だけ聞いてたら、降りる時にその子は言いましたよ。『おじさん、話したら楽になったよ』って。笑顔で降りていきましたよ。だからねお客さん、ため息ついてないで、辛いことがあるなら話してみちゃあどうですか。大丈夫、悩みを我慢したって吐き出したって、お代は運賃だけで結構。お客さんの顔みりゃ、悩みがあるのは分かるんですから。ほらワタシ30年以上転がしてるでしょ」


 肉を食い過ぎて苦しいだけなんだよなぁ…。そうは言えずに仕方なく、ポロリのことを少しだけ話した。

 

ピロートークが掲載されている「未練打ち1」のご購入はコチラ!!↓↓↓

"ガイドワークスオンラインショップ"

http://shop.guideworks.co.jp/shopdetail/000000000119/

その19

2020/06/15

 東北地方へと向かう特急電車は、途中から乗り込んできた4人組が酒盛りを始めたせいで、ここは休日の遊園地か学生街にある居酒屋かと錯覚するほどに騒がしい。


 こんなことなら占いを見ておけばよかった、ラッキーナンバーの車両に乗っていればと、ついつい占いに不運の理由を求めようとするのは、結局のところひと言注意する勇気や元気が足りないだけ。何が占いかとは思うものの、実はわたくし嫌いじゃない。麗しき女性と占いに関しては、積極的に絡んでいきたいと常日頃から考えているのである。


 未来を言い当てろなんて無茶は言わない。前世がどうこうには興味もない。仕事及び恋愛は、赤の他人に口を挟んで欲しくない。占いに私が求めるもの、それはあくまで「ホメ」である。


 果たしてこれはキャラのせいなのか、単にホメどころがないだけなのか、面と向かってホメられたことなどほとんどない。であるからして、自分のどこが優れていて、何に向いているのか、内容はどうあれホメにホメてもらい、ウフフウフウフとうっとりするがために、夢占いなら任せてと豪語する女性に前の晩に見た夢を話したのである。


 あれは関西か福岡か、一路羽田へと向かうべく空港の保安検査場を通過しようとすると、身体チェックはパスしたものの、検査員にバッグを開けるよう指示された。バッグの中身をまさぐる検査員。と、何かをむんずと掴み出し、険しい表情で「これは何ですか」と聞いてきた。


 パンツだった。何ですかと言われても昨日履いたパンツだとしか答えようがない。わけがわからずしばらく口ごもっていると、検査員は続けた。


「随分と汚れてるじゃないですか」


 周囲から失笑が漏れる。パンツの汚れと安全な飛行。冷静に考えるとまるで繋がらないものの、その時は羞恥心が先に立ち、「そこまで汚れてないですよっ!!」、大声で叫んだところで目が覚めたのだと伝え、どうホメてくれるのかドキワクしていると、夢占いの彼女は子供をあやすかのような優しい声で、「疲れてるんだね」と静かに言ったのだった。
 

ピロートークが掲載されている「未練打ち1」のご購入はコチラ!!↓↓↓

"ガイドワークスオンラインショップ"

http://shop.guideworks.co.jp/shopdetail/000000000119/

その18

2020/06/08

 パチスロといえばリール、コーヒーといえばクリープ、相撲といえば押し出し、焼き肉といえばカルビなのに、そのカルビがないとはどういうことか。
「申し訳ありません。本日カルビが終わってしまいました」


 コーラが運ばれてきた後だった。さあメインたる肉を頼もうと、「カルビ」の「カル…」まで言ったところで、控えめどころかむしろ食い気味に、オーダーを取りにきた豆もやしみたいな店員が件のセリフを吐きやがったのである。


 10万勝っての豪勢なバンザイ焼き肉ではない。6万も負け、もはや余計なお金はびた一文使いたくなかったが、このままじゃ心の整理がつかないからと、半ばヤケになって突撃した残念焼き肉である。安く済ませたかったものの、こうなったら仕方ない。ならば上カルビといこうじゃないか。


「申し訳ありません。上カルビも終わってしまいました。特上カルビも含め、本日カルビはご用意できません」


 …バカじゃなかろうか。焼き肉屋なのにカルビを切らすとかバカじゃなかろうか。しかも、口では謝っているものの、申し訳なさそうな表情をひとっつもしていないから余計腹が立つ。じゃあ何ならあるんだ。オススメは何なんだ。


「アバラでございます」


 知らないよ。物心ついてからこっち、ほとんどカルビとタン塩だけで焼き肉を謳歌してきたんだ。アバラって何だ、アバラって。


「オススメでございます」


 …もういいや。キムチと、そのアバラを2人前と、あとはカルビクッパをお願いしますと伝えてメニューを閉じたわけだが、このオーダーにはトラップが仕掛けてある。そう、カルビクッパである。


 カルビがないことを知りながらカルビクッパを頼んだ理由、それは豆もやしの「申し訳ありません」がうっとりするほど美しい響きだったからである。滑舌の悪い私には到底不可能な「申し訳ありません」。もう一度だけ聞きたかった。流れるような「申し訳ありません」をアイツに言わせたかったのだ。


 オーダーを伝票に書き込んだ後、「かしこまりました」と言って厨房へ消えた豆もやし。しかし、10秒と経たずに神妙な顔つきで戻ってきた。ほうら、おいでなすった! 


「カルビがないものでカルビクッパは…。それと本日アバラも終わっておりました。申し訳ありません」


 …ああ、やっぱりアンタの「申し訳ありません」はとろけるよ。とろけちまいそうだよ。これを客に聞かせたいがために、この焼き肉屋はカルビもオススメも切らしているといった推測は、おそらく間違いだと思う。

 

ピロートークが掲載されている「未練打ち1」のご購入はコチラ!!↓↓↓

"ガイドワークスオンラインショップ"

http://shop.guideworks.co.jp/shopdetail/000000000119/

その17

2020/06/01

 酔おうとしたがほとんど酔えなかった。ならば食おうとカレー用のスプーンを握りしめたが、たった2杯しか食えなかった。


 私に対する評価は高い、両親や祖父母に続く、ドラフトで言えば6位ぐらいの評価を受けているに違いないと安閑としていた私がバカだった。いざ蓋を開けてみれば、久しぶりに会った隣人の息子は私の顔を見るなりおびえ始め、ついには号泣。キッチンの奥から、2度と出てくることはなかった。


 マネージャーではない。チャレンジャーでも炊飯ジャーでもない。昨年のクリスマスに、お尻に「ジャー」が付く戦隊モノのおもちゃをプレゼントした際に見せた、あの笑顔は何だったのか。「トムラさんはいい人だ」、私からのプレゼントを手につぶやいたという、そのひと言は一体何だったのか…。


 もがき苦しみながら新鬼武者の天井を目指し、念願叶ってようやく天井に手が届いたにもかかわらず、上乗せなしの2話で終了…。あの時に心の中で流れたブルースとよく似た曲を聴きながら、やけに塩っ辛いハムをつまんでいると、それまで息子につきっきりだった母親が戻ってきた。


「トムラさんを好きになりたいとは思ってる。今日より明日、明日よりあさっての方が好きになってるとは思うけど、今はまだ気持ちがついていかないんだって」
 末は詩人か作詞家か。キラリと光る才能が垣間見えたのは何よりだが、要するに今現在私のことは…。


 今の今まで、女子はともかく男子に好かれたいと思って事を起こしたことなど一度としてない。しかし、このままじゃ終われない。嫌われたまま終わらせぬために、できることからやっていこう。まずは次回のピロートークこそ、午前8時の更新に遅れぬよう頑張らねば。
 

ピロートークが掲載されている「未練打ち1」のご購入はコチラ!!↓↓↓

"ガイドワークスオンラインショップ"

http://shop.guideworks.co.jp/shopdetail/000000000119/

その16

2020/05/25

 

 かつて開店直後のBGMは軍艦マーチと相場は決まっていたものだが、昭和が遠い過去となりつつある今、ドーンと背中を押してくれる軍艦マーチがホールに流れるのはジャグの1G連のみ。めっきり聴かなくなったのは構わない。軍艦マーチの代わりに何を流したって構わないのだが、やってやるぞと意気込む朝に、どう考えたってセリーヌ・ディオンはないだろう。


 あれは安っぽい女子が「タイタニック! タイタニック!」と大騒ぎしている頃だった。しんと静まり返る店内でコインを握りしめたまま、遊技開始の合図であるBGMを今か今か待っているところでセリーヌ・ディオン。透き通るような声で歌われても今ひとつ勢いがつかないわけだが、曲調が厳かな分、逸る気持ちを落ち着かせてくれるといった効用があったように思う。今思えばあれはあれで、勝負の日の朝に向いていたような気がするのだが、果たして「やぼの助」はどうなのだろう。


 今日、これから決して楽ではない仕事が待っている。どうやら寝られそうにないため5時には着替え、今これを書いているのだが、着替えた姿を鏡で見たら、まるでカナダの木こりのよう。不安になって「やぼったいか」と家人に聞いたところ、返ってきた答えが先ほどの「やぼの助」だった。あの、やぼの助ってのは一体…。


「一番やぼったいのがやぼ太郎、次がやぼ次郎、その次がやぼ太で、一番下がやぼの進です」


 やぼの助がいないのである。


「やぼの助はやぼ次郎とやぼ太の丁度中間ぐらい。今日はやぼの助ですね」


 非常にわかりづらいのである。


「いや、少しだけやぼ太寄りかな…」


 正直、どうでもいいのである。とにかく、大丈夫だよと太鼓判を押されりゃ勢いがつくし、やぼったいとはっきり言われりゃさっさと着替えるのに、やぼの助なんて半端なことを言われ、悶々としたままこのコラムを書いている内にもう7時前。家を出る時間となったため、本日はやぼの助で勝負して参ります。

 

ピロートークが掲載されている「未練打ち1」のご購入はコチラ!!↓↓↓

"ガイドワークスオンラインショップ"

http://shop.guideworks.co.jp/shopdetail/000000000119/

その15

2020/05/18

 

 何とかなるさが身上の私ではあるが、前回の件に関し、不安を抱えていなかったと言えば嘘になる。


 何しろ6点だ。泥酔したまま試験を受けたとか、誤って1本しかない鉛筆を食べてしまったとか、余程の事情がない限りなかなかお目にかかれぬ、できることなら墓場まで持って行きたいテストの結果を、まるで白い鳩を大空へと放つかのように、万人の目に触れる場で書き綴ってしまったのである。


 10点満点の6点ではないかといったご意見も頂戴したが、それならば「6点でした…」と尻すぼみにならず、むしろ堂々としているだろう。「6点でした!!」ぐらいの勢いがあるはずで、例の女子が受けた試験はまず間違いなく100点満点。にもかかわらず6点だったと、またも不用意に6点を連呼しているが、とにもかくにも前回のピロートークで蒼天の拳ならまだしも、6点の件を書いてしまい、乙女心に傷を付けちゃいないかとちょっとした不安を抱えていただけに、更新から2日後、女子から届いたメールを開く時には柄にもなく緊張した。


「寒くなりましたね〜。魚拓さんの懐はどうですか? 私は寒いです(笑)。魚拓さんは数字に強そうですね!!」


 傷付くどころか至って普通。これがメールではなく手紙なら、キティちゃんのシールで封をしているんじゃないかといったホンワカしたテンションに、ホッと胸を撫で下ろすと同時に、とある疑問が湧き上がる。


 ピロートーク専用のアドレスに届いたということは、前回のアレに目を通しているはずである。にもかかわらず、6点の件には一切触れず、懐の寒さを報告してくるとはもしかして、自分がネタにされたことに気付いていないのか。


 いや、気付いていながらも、私に気を遣わせまいと、あえてそのことに触れていない可能性もある。脈略がないようにも見える「魚拓さんは数字に強そう」の一文の前には、本来なら「私は6点だったけど」と入るのではないか。彼女の溢れんばかりの優しさが、「えっ!?」と聞き返したくなる文面にしているのではないか。


 果たして、答えはどちらなのだろう。彼女はすっとぼけているのか、それとも秋の日差しのような優しさを持っているのか…。どちらにしても悪い男からの誘いを断れるのか心配で心配でストロークが定まらず、パチンコの北斗で10万負けました。
 

ピロートークが掲載されている「未練打ち1」のご購入はコチラ!!↓↓↓

"ガイドワークスオンラインショップ"

http://shop.guideworks.co.jp/shopdetail/000000000119/

その14

2020/05/11

 

 ひとつとしてミスが思い当たらぬ100点の立ち回りなんてのは、20年打ってきて1度もない。


 台選びとか、ヤメ時とか、肝心なところでのヒキだとか、1日打ってりゃ何かしら減点対象となるポイントがあるわけで、アベレージはおそらく40点台。真っ直ぐ転がせぬ初心者のボーリングと同程度であり、ひどい時になると20点台に落ち込むわけだが、それでも20点台である。自己採点で10点を下回る立ち回りというものは、さすがに経験がない故にどうしていいかわからず、思案に暮れているのである。


 パチスロパチンコはやらないけれど、何かの偶然でたまたま私を知ったと語る女子がいる。文面から察するに、おそらく10代だろうか。私とは親子ほどに歳が離れているであろうその女子は、ピロートークにくっついた宛先にちょこちょこと近況報告を送ってくれるのだが、8月の終わりだったか、じきにテストがあるので頑張りますと、そんなメールが届いたのである。


 口にしなくなって久しいテストという言葉の響きが、私を遠く離れた場所にいるお父さんにさせ、メールを読んだその夜、山に向かって叫んだような気がする。


 頑張れよー。


 小学校の体育館が目の前をふさいでいる我が家から、山なんぞ見えやしない。空想の中に広がるアルプスに叫んでからおよそ3週間後、女子から結果が送られてきた。


「数学のテスト6点でした…。魚拓さんも田山プロに負けないように頑張ってください」


 …言いたいことは山ほどある。ポロリや無道ならまだわかるが、何故唐突に田山プロなのか。そもそもどうして私が、不世出の偉人と戦わねばならぬのか。オイ娘、ちょっと待て。冷蔵庫にある麦茶でも飲んで少し落ち着けといったところだが、それより何より最も気になるのは数学の点数。6点ってなんだ、6点って。自慢できるのは買い足しの勢いだけ、立ち回りに難ある私だって、さすがに6点は記憶にないのである。


 ここはひとつ、遠く離れた父親として、オレよりむしろお前が頑張れときつく叱った方がいいのだろうか。それとも、沈黙を守り自主性を促した方がいいのだろうか。お父さん、娘のことが心配で心配で筆が手につかず、今回は3時間遅れの更新である。

 

ピロートークが掲載されている「未練打ち1」のご購入はコチラ!!↓↓↓

"ガイドワークスオンラインショップ"

http://shop.guideworks.co.jp/shopdetail/000000000119/

その13

2020/05/04

 

 電車に揺られていると、目の前の席が空いた。


 その場に自分しかいなければ咎められる理由はない。そこがたとえ優先席だとしたって堂々と座るにしても、他に人がいる時には「オレは果たしてこの席に座る資格があるのだろうか」と、周囲を確認するぐらいのことは彼らだってしているはずなのに、何故に新鬼武者に対してはそこまでがっつくのか。


 先日、隣で新鬼武者を打っていた女性が、急用ができたのか、あるいは仕様を知らぬのか、1000Gを超えるハマリの最中に帰り支度を始めた。天井までもうひと頑張りであることを告げた場合、仕様を知っているなら余計なお世話だし、知らなくとも今度は蹴られた際に余計な恨みを買うことになる。よってその様子を黙って眺めていると、女性が棚の上の荷物を手にした瞬間に、2人の男子がほぼ同時に私物を下皿に投げ入れた。


 その後の展開はご想像通り、「オレが先だ」、「いやオレだ」の押し問答。欲望丸出しの舌戦を見せつけられ、私は心の中で叫ばずにはいられなかった。
 ちょっと待て、冷静になれよ2人とも。新鬼武者の天井が旨いのはわかる。1000Gを超えた台がお宝であることは重々承知しているが、自らハメたのならともかく、その台は言わば拾い物。電車に例えるなら指定席ではなく、目の前で偶然空いた自由席に過ぎない。


 だとしたら、とりあえず周囲を見渡すべきではないのか。台を確保する前に、まずはその席に座る資格のある者を探すべきではないのか。よく見ればいるはずだ。地主に法外な年貢を要求されているお爺さんとか、野宿が続いており天井を夢見るお兄さんとか、隣の席で5万ぶち込んだ私とか。
 

ピロートークが掲載されている「未練打ち1」のご購入はコチラ!!↓↓↓

"ガイドワークスオンラインショップ"

http://shop.guideworks.co.jp/shopdetail/000000000119/

その12

2020/04/27

 

 空港内の、じきに夏だってのに寒々とした空気感が漂う喫茶店で、急ぎ原稿を仕上げようと、ノートPCを広げた私の耳に飛び込んできたのは、おそらくこの世で最もくだらないお願いだった。


「ごめんなさい。ホントにごめんね。お願い、許して。ダメ? そんなこと言わないで。ねえ、ねえアタシ、知らなかったの。よっちゃんが吉野家が好きだって、ホントに知らなかった。だから松屋買ってきちゃったの。次は吉野家買ってくる。だから許して。ねえお願い!!」


 辺りをはばかることなく電話で必死に謝るその女子は、もしや彼を、あるいは夫を裏切る行為に及んでしまったのだろうかと途中から、無関心を装いつつ、左の耳をダンボにしていた私がバカだった。事の発端はよりによって牛丼かよと、吉野家を買ってこなかったアタシを許してって、キミキミどんなお願いだよと頭をかいたその時、電話を握りしめる女子の目元に、この世で最も尊い液体が見えた。


 苦みが余韻を残すコーヒー。透明感のあるアイスティー。琥珀色のウイスキー。そのどれよりも美しい液体とは、言わずもがなの涙である。


 涙の力を侮ってはいけない。コイン補給に手間取る女子店員の涙は、憤りを思いやりに変え、悪さに気付いたお母さんの涙は開き直りを反省へと変える。また、坂本九の涙くんさよならが流れた途端、それまでイケイケだったジャグ連も止まるような気がするじゃないか。


 だからと私がワンワン泣いたところで、締め切りは決して延びないのだから、とりあえず落ち着け、頼むから静かにしてくれと、心の内で女子にお願いしたトムラなのでした。
 

ピロートークが掲載されている「未練打ち1」のご購入はコチラ!!↓↓↓

"ガイドワークスオンラインショップ"

http://shop.guideworks.co.jp/shopdetail/000000000119/

その11

2020/04/20

 

 「萌え系」「出会い系」、そして横浜を発祥とする「家系」なるラーメンとはほとんど無縁の生活を送ってきた私は、先日、その旨さに気付くに至り、今や毎晩でも豚骨醤油ベースの濃厚スープをすすっていたい、何なら濃厚スープに飛び込みたいと考えるものであるが、残念ながらその流れを汲むラーメンを提供する店は近所にない。


 ないとは知りつつ諦め切れず、家系、家系、家系、うわ言のように繰り返しながらネットで検索していると、まるで聞き分けのない子供の要求に、仕方なく応えるお母さんのような口調で、「じゃあ、作ろうか」と嫁は言った。


 いつだったか、ジャイアント馬場を彷彿とさせる風貌のやけにデカい若者が、2→1→3→4の押し順でバイオハザードをノリノリでブン回していた。


 ご承知のように、4→1→2→6はハトヤであり、9→6→9→6はアデランスであり、2→1→3→4はバイオハザードにおいて禁忌である。見るに見かねて隣の馬場に、その旨優しく伝えたところ、私の目を2秒ほど見つめた後、礼を言うでもなく、さりとて怒り出すでもなく、もちろんガウンを脱ぎ捨てるでもなく、そもそもガウンなんぞ着ておらず、無言のまま台に向き直り、再び2→1→3→4の順で消化し始めた。その時、ちょっとした親切心はただのお節介へと変わって星となった。私の心の中で、鈍い光を放つ星となった。


 嫁が上がっていった2階から、さっき聞こえてきたのは「バシュッ」という音だった。あれは紛れもない、サッポロ一番の袋を開く音である。家系ラーメンを、家で作るラーメンと勘違いしている可能性が非常に高いものの、それは違うと指摘しようとなかろうと、出てくるのが同じサッポロ一番であるのなら、ここは黙っておくべきではないか。


 今、2階の台所からは、湯がグラグラ沸いている音が聞こえます。
 

ピロートークが掲載されている「未練打ち1」のご購入はコチラ!!↓↓↓

"ガイドワークスオンラインショップ"

http://shop.guideworks.co.jp/shopdetail/000000000119/

TOP